インドのプロテスト・ソング

インド音楽について書こうとすれば、インドの「古典音楽」と「映画音楽」についてかなりの行を割かなくてはならないのは、少しでもインドの音楽文化事情を知る人ならばわかってもらえるのではないか。日本で手に入るインド音楽の書物は、大体が北インドの「ヒンドゥスターニー音楽」とよばれる古典音楽についてのものである。ましてや、自分がその音楽を学ぶ者であれば、このジャンルに思い入れが強くなるのは当然だろう。 

「インド音楽は北と南で大きくわかれていて、北の音楽様式はヒンドゥスターニー音楽、南の音楽様式はカルナータカ音楽と呼ばれます。ラーガというメロディー理論とターラというリズム理論を使って即興的に演奏します。云々。」

こんな説明を、大学の講義やライブ会場で幾度となくしてきたことを記憶している。ただこれは、あの広大無限なインド世界のごく一部の「アッパークラス」の音楽文化を、インドを代表する音楽としてラベリングしてしまうことにもなりかねない。インドとペルシャの宮廷文化の結晶化したヒンドゥスターニー音楽の深遠さを尊びながらも、一旦それを横において、インド音楽の多様性にも目を向けることも、大切な営みだろう。それによって古典音楽の理解も深まるし、古典音楽と他のジャンルの境界を感じずに「インド音楽」として、あるいは「音楽」として、さらには「音」としてすべてを楽しめるようになるはずだ。今回は、インドにおける、既存の体制や価値観を揺り動かすプロテスト・ソングを紹介する。

 本ブログで、チャイタニア・タームハーネーの古典声楽家をフィーチャーした映画を紹介したが、彼は以前『裁き』(2014)という、社会派映画を撮っている。非常に含蓄のある映画でストレートに楽しめる内容とは言い難い。「民謡歌手」の歌っていた歌の歌詞によって下水清掃人が自殺したことが問題になり、法廷が開かれるという内容の映画は、それ自体がインドの社会に存在する階層間の軋轢と矛盾を描きだす。キャプションで「民謡歌手」と訳されているのは、実は「プロテスト・シンガー」のことで、政府に対して抗議する歌を歌う楽師の事をさす。ドキュメンタリー映画Jai Bhim Comrade (2011)(youtubeで視聴可能)[1]は、1997年にムンバイで10人のダリット(インドで最も社会的立場の低い不可触民)が警察に射殺される出来事(ラーマバーイ・コロニー殺害)をとりあげている。その冒頭にこの事件を受けて抗議自殺したヴィラス・ゴーグレーが歌っている映像がある。

ヴィラス・ゴーグレー”人々よ、物語を聞いておくれ” from Jai Bhim Comrad

 ゴーグレーは、ムンバイの吟遊詩人であったところをダリット解放運動に引き込まれ、さまざまな集会で、自分の詩を歌い上げた。ここで歌われているのも、村から街に半強制的に連れてこられた労働者たちが、食べるものもなく搾取されている実態に対しての体制批判だ。一弦琴をもつゴーグレーの恨み節は、ダリットを代弁する「声」そのものであり、『裁き』のインスピレーションになっている。

 次に紹介するのは15世紀の北インドに生きた宗教詩人カビールの詩の中でも、彼の思想を特に反映した「さかさまの詩」を歌った曲だ。歌詞の内容はこんなようなものだ(英語からの意訳なので悪しからず)。

 雨粒が海に落ち、真珠がうまれる

 雨粒が海に落ち、真珠がうまれる

 私はこんな奇跡を聞いた

 

 “娘が父親をうんだ”

 さあ、きいておくれ

 私の機織り機がラームの名を唱える

 機織り機が「あなた様だけ、あなた様だけ」と叫んでいる

娘が父に、まだ生まれていない夫をさがしてという

娘が父に、まだ生まれていない夫をさがしてという

みつからないなら、私と結婚してちょうだいよ

(部分訳 by harivasant)

Mhaaro Charkho Bole Raam Naam by Mooralala Marwada

謎めいた歌詞なので、さまざまな隠語が隠されているのかもしれない。カビールは低カーストの生まれで、ムスリムに改宗し、シク教との開祖グル・ナーナクにも影響を与えているといわれている。彼の詩のほとんどは、宗教間の分けへだてや、凝り固まった教義に対して痛烈な批判だ。逆さまになっているのは、一体世間の人々なのか、カビール自身なのか、あるいは我々なのかわからない。しかし、これはきっと社会通念に縛られている人間社会に対しての15世紀から届けられたプロテスト・ソングなのだ。

 最後は、ムンバイのSwadesiというラップグループのThe Warli Revolt(2019)だ。ワールリーというのは、ムンバイの北方の丘陵地に住むアーディヴァースィーといわれる、インドにもともといた先住民部族である。アーディヴァースィーは被差別対象になっていて、さまざまな辛苦を舐めてきた。一方で、インドのフォークアートの担い手として、プリミティヴながら、魅力深い絵画や造形を伝承している。ワールリーもこのビデオクリップにあるような細密画が有名で、観光産物の対象にもなっている。ただし、そこにも搾取の力学が働いており、この曲には実際にPrakash Bhoirというワールリーの歌手も加わり、彼らの置かれた状況をプロテストしている。SwadesiのリーダーのMC Mawaliもムンバイのスラムに育った、ストリート・ラッパーで、マラーティー語でメッセージ性の強いリリックをライムする。最近はUK Jazzのトーチベアラー、Sarathy Konwarとコラボしていて、そのトラックはインド・ポピュラー音楽ライターの方などに紹介されている。ついでにリンクをはっておきたい。個人的には、ワールリーのトラックの土臭さが好きだ。Mawali自身、自然に囲まれて育ったようで、いつも自然触れることで、自分の活動のエネルギーを充電しているという。南インドのリズム理論コナッコルを学んだこともあるMawaliのラップは、マラーティー語でラップする数少ないラッパーであることと相まって、フローしていてかっこいい。

The Warli Revolt by
Mumbay by Sarathy Konwar(feat. MC Mawali)

 最後までお付き合いいただき、ありがとございました!


[1] 『ジャイビム同志』https://djanimateurfinistere.com/wiki/Jai_Bhim_Comrade

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