インドのインディーズ音楽

インド映画といえば、唐突に音楽が始まり、役者が踊りだす演出を想像する人も多いのではないか。その手法は、インド映画の発祥の地であるムンバイ(当時のボンベイ)で上映されていたパールシー演劇のミュージカル形式をそのまま受け継いでいるからだと言われる。1921年にトーキー映画(音声が入った映画)が制作され始めた時、一本の映画に71曲もの歌がはいっていたそうなので、インド映画と歌は当初から切っても切り離せない関係にあった[i]

つい先日、インド映画音楽の黄金時代を築き上げたインドのナイチンゲール、ラタ・マンゲシュカルが息を引き取った。92歳であったマンゲシュカルは1942年から約80年間プレイバック・シンガー(吹き込み歌手)として活躍した。たとえば美空ひばりが昭和の歌声をお茶の間に響かせていたように、マンゲシュカルの美声は、喧騒としたインドの街中を彩っていた。マンゲシュカルの死に、インド国内のみならず、世界中の人々が哀悼の意をあらわしているのを見ると、彼女の歌声がいかにインドのサウンドスケープの一部となっていたかがわかる。マンゲシュカルは、映画とともに歩んできたインドの大衆音楽を象徴する声だった。

ラタ・マンゲシュカル

さて、これまでインド映画とインドのポピュラー音楽シーンは、非常に密接に関わってきた。古典インド音楽以外の音楽を説明する時に、どうしてもインド映画音楽との関係を強調せざるを得なかった。インド映画産業と離れて活動する、ポピュラー音楽家の存在をイメージするのが難しかったからだ。

しかし、最近の動向は、そうとも限らない。現在のインドのポピュラー音楽シーンは、インディーズ・レーベルの台頭により、大きく地殻変動が起こっている。

ここでは、最近筆者が気になるインドのインディーズ・シーンで活躍する若手アーティストを3人(組)、紹介してみたい。

まず、レイチェル・シン。彼女は、3代続くシク教音楽家の家系に生まれた。祖父のチャランジット・シンは、ムンバイに住む有名なセッション・ミュージシャンとして60年代〜80年代の数々のインド音楽のサウンドトラック作成に関わってきた。それだけでなくSynthesizing: Ten Ragas to a Disco Beat(1982)という古典インド音楽のメロディー理論ラーガを使って、ハウス系のCDをリリースしている。1982年という時代を考慮すると、インドでは革新的な音楽スタイルを追求していた音楽家だったようだ。

Raga Bairagi by チャラジット・シン

さて、レイチェル・シンの2021年の作品Owl’sEyeは、祖父や父の昔の写真がアルバムのように回想されていくレトロスペクティヴなものだ。そして、囁くようなレイドバックしたレイチェルの歌声が、あたたかい雰囲気を醸し出している。父親のラージュ・シンは今も映画産業の中核で活躍する音楽監督であるが、祖父、祖母、父親、母親、そして彼女の人生が繋がっていく様子が、結婚式の様子などを通してナレーションされていて、美しい。

  

Owl’s Eye by レイチェル・シン

次は、グジャラートの古典音楽家の家に育ち、ムンバイでトラックメーカーとして活躍するBandish Projektだ。Bandish Projektは、マユール・ナルヴェカールのプロジェクトだが、マユールは幼少からタブラーを古典音楽家の師匠につき20年間修行をした、一流のタブラー奏者でもある。そんな彼は、トラックメーカーとして、グジャラートの宗教儀礼の太鼓のリズムをエレクトリック音楽に取り入れた実験的な作品を手掛けるようになる。Daklaは、催眠的に繰り返される反復リズムに、女性声楽家アイシュワーリー・ジョーシーの歌声が合わさり、女神を喚起するような呪術的な雰囲気のトラックになっている。

 Dakla 4 by Bandish Projekt

Daklaシリーズは6まで制作されており、それぞれがおどろどろしい女神のシャクティー(性的な力)を喚起していて強烈だ。その中でもここにリンクをはったDakla4は、シャーマニックな雰囲気を残しながらも洗練された、映像美を楽しめる。泥臭くて悪魔的であるにも関わらず、全体を通してどこかポップなのは、グジャラート地方の調子のいい前乗りのリズムが生み出すグルーブのなせる技だろう。ナルヴェカールの作成するクリップは、どれもこれまでのインドのポピュラー音楽シーンでは見られなかったテイストのものだ。

さて最後に紹介するPeter Cat Recording Companyも相当、不思議なバンドだ。デリーを拠点とする、この5人編成のバンドは、スーリヤカント・ソウハニーをリーダーに、耽美的な映像と、ジャンルレスな曲調で、インドのポピュラー音楽の未知の領域を開拓している。ここにリンクをはったクリップは、I’m Homeという謎めいた曲だが、美しい映像に隠されたメッセージは、スーリヤカントが扮する男が死神として、最初に飛び降り自殺をした赤いサリーの女性を迎えにいくという設定らしい。白装束の会葬者に分入って、死神が女を連れていく時に火葬場の火が舞い上がるラストシーンはポエティックですらある。

I’m Home by Peter Cat Recording

スーリヤカントはソロ名義Lifafaでもいくつかのトラックをリリースしているが、こちらはさらに実験的で、madな感じである。

In Hi Ko by Lifafa

さて、このような趣味を全面に押し出した記事は、好みが別れるので一端ここで終了し、また次の機会に続きを書きたい。

インド音楽は、古典音楽シーンも相変わらず活気をもっているし、民謡などの地方の歌、あるいは不可触民とよばれる底辺の者たちの歌など、多層的に発展している。さらに最近はインドのラップも熱い、エレクトロ系やノイズ系まで、かなり個性豊かであくがつよい音楽シーンが生まれてきている。今後もインド音楽シーンを深掘りしていきたい!

 最後まで、お読みいただき、ありがとうございます!


[i] 「インド映画100年の魅力–世界最多制作国輝きと変遷」松岡環『南アジアの文化と社会を読み解く』2011.

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