映画『マントー』(2018)

少し前の話になるが、インドの女性監督ナンディタ・ダースの二作目『マントー』を、大阪の中之島で開催された上映会で観た。ナンディタ・ダースは『炎の二人Fire』(1996)というインド映画では珍しい、同性愛をテーマにした作品に主演女優として出ていた時から、気になる存在だった。その後、ダースは2008年には、グジャラートで起こったヒンドゥーとムスリム間の暴動事件の市井の人々の心情を描いた”Firaaq”(別離)で映画監督としてデビューした。現代インドが抱える宗教問題に切り込む、エッジの効いた作品であった。名優ナスィールッディン・シャーの扮するイスラム教徒の古典音楽家が、良い雰囲気を醸し出していて、消えゆくインドの伝統社会と現代インドの絶妙な組み合わせが、大変見事に描かれていた。重たい空気が立ち込める世界観は、インドの宗教紛争のリアリティーを書いたビーシュム・サーへニーの『タマスतमस』などを想起させるものだ。

一方、本作『マントー』は、独立時にパキスタンに渡ったウルドゥー語作家サアーダット・ハサン・マントー(1912~1955)をテーマにした映画だ。正直なところ、作家マントーについては、この映画を見るまで知らなかった。マントーは娼婦やポン引きなど社会の底辺にいる人々や、普通の人間が宗教紛争の渦中で猜疑的になり暴徒化する人間の狂気について赤裸々に描く短編小説を得意とする作家だと、映画を観てから知った。彼の小説については以下のブロブで深い洞察をしているので、大変参考になる。

インド小説に万歳三唱 マント、サーダット・ハッサン Manto, Saadat Hasan
南アジアの現代小説・作家を中心にした連載書評を試みます。

作品は、以下のサイトから日本語版の2冊の短編小説集『黒いシャルワール』と『グルムク・スィングの遺言』を読むことができる。

アジアの現代文芸の翻訳出版|翻訳出版|事業紹介 | 公益財団法人大同生命国際文化基金

映画『マントー』の内容は、彼の小説描かれている場面を劇中劇のように映画のストーリーの中に取り入れながら、早世したマントーのライフヒストリーを描いたものだ。40年代のインドやパキスタンのレトロな背景が現代風に演出されていて、女性らしいセンスを感じる。女優の時代からダースは、西洋志向のギラギラしたボリウッド女優とは一線を画した、インド人としてのアイデンティティをしっかりともった強さがある。そんなところが、気に入ってる。

 『マントー』は、インド映画としては挿入歌が少ないのだが、その音楽が素晴らしい。まず、バックグラウンド・ミュージックはザーキル・フセインが担当している。その時点で、この映画の音楽的クオリティーの高さが保証される。そしてシュッバー・ジョーシー、シャンカル・マハーデーヴァン、ウスタッド・ラシッド・カーン、ヴィディヤ・シャーなど素晴らしく個性的な実力派声楽家が歌っている。

ここまでのキャストを揃えたこともすごいが、それを若手音楽監督スネーハ・カーンワルカルが素晴らしい楽曲にまとめ上げている。特に、Bol Ke Lab Azad Heiという曲は、パキスタンの詩人ファイズ・アハマド・ファイズの詩を歌った曲だが、ストリングスとクラリネットがレトロで40年代の雰囲気を醸し出しながら、ハルモニウムとタブラーが軽快にインドのグルーヴでカットインしている。ラシッド・カーンとヴィディヤ・シャーの歌声も、古典の伸びやかな歌心とコンテンポラリーな感覚が最高に格好良い。インド音楽で使われる音楽としては、すごく抑えたソリッドな感じが逆に新鮮だ。あまりにバックグラウンドにはまっているため、映画の中では印象に残らないのだけど、サントラで聴くとタブラーのトーンもすごく柔らかくてメロディアスで気持ち良い。良い音だな〜と思ったら、サティヤジット・タルワルカル。納得!

 

主演男優のナワーズッディーン・シィディーキーも熱い社会派小説家の心情を、好感が持てる演技で演じきってる。イルファン・カーン無き後の、インド映画界の性格俳優として頭角を表していくのだろう。いずれにせよ、マントーの小説もいくらか読んだ今、もう一度『マントー』を観たいと切に願う。そのうちネットフリックスで観られるようになるのだろうか。。是非、観たいし、今後のナンディタ・ダースの活躍にも期待したい。


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